戸籍謄本の読み方(被相続人の出生から死亡まで)
被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までのつながった戸籍謄本等を集めるには、転籍の回数が少ない方でもたびたびの法改正や婚姻により、複数枚 (平均5~6枚、多い方だと10枚近く)の戸籍を収集する必要があります。ここではつながりを持って読み取るための知識を深め、実際に私の祖父の戸籍謄本 を死亡から出生まで遡って見ていきたいと思います。
戸籍謄本を正しく読むためには、次の3点の理解は欠かせません。
- 戸籍の種類(戸籍謄本・除籍・改製原戸籍)を理解する。
- 戸籍謄本をつなげて読み取るためには戸籍謄本の始まりと終わりを理解する。筆頭者(戸主)についてと被相続人に着目する2つの視点が必要。
- 法改正により国の都合で戸籍の様式が何度も変わっているため、それぞれの様式の特徴を理解する。
これらが理解できると、
「死亡の記載のある戸籍謄本」→「除籍」→「改製原戸籍」→「除籍」→「改製原戸籍」→「除籍」のような流れが見えてくると思います。
まずは、それぞれ左メニューを追ってください。
1→除籍とは
1・3→改製原戸籍とは
具体的に戸籍謄本を読んでいきましょう!
こちらは私の祖父(〇井〇山 明治42年2月26日生)の戸籍謄本です。実際にはそれぞれ複数枚あるのですが、筆頭者(戸主)のページと祖父の記載ページのみ掲載させていただきます。
戸籍を読んでいく順序は、死亡(戸籍の終わり)から読んで前の戸籍に遡っていきます。比較的転籍も少なく記載されている文字もわかりやすいほうなので、読みやすい分類に入ると思います。
順番に見ていきたいと思います。全部で6通になります。
平成元年から平成10年2月20日(死亡)まで(80歳から88歳死亡時まで)
死亡という文字が事項欄にあるので、日付が平成10年2月20日とわかります。次に戸籍の始まりを探します。
から転籍という文字がありますので、それより後に転籍の文字はありませんので平成元年5月17日がこの戸籍の始まりです。
筆頭者は祖父である〇井〇山です。
「福島県田村郡小野町・・・・から転籍」とありますので、福島県小野町役場に平成元年5月17日以前の除籍を請求します。
昭和34年1月20日から平成元年5月17日(49才から80才まで)
戸籍の終わりは「千葉県佐倉市・・・・に転籍」とありますので、平成元年5月17日で先ほどの戸籍とつながっていることが確認できます。
「昭和32年法務省令第27号により改正昭和34年1月20日同所同番地〇井常三郎戸籍から本戸籍編製」とありますので、こちらが戸籍の始まりであることがわかります。法改正により新たに編製されている戸籍であることがわかります。
筆頭者は祖父である〇井〇山です。
昭和21年10月3日から昭和34年1月20日まで(37才~49才)
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こちらの戸籍は、旧民法の時代のものでたいてい大家族であり甥や姪まで同じ戸籍に入っていました。
戸主は〇井常三郎(祖父の〇井〇山の兄)、前戸主は〇井傅助(祖父〇井〇山の父)です。
戸籍の終わりは〇井〇山の事項欄に「改製により新戸籍改製につき昭和34年1月20除籍」とありますので、先ほどの戸籍とつながっていることが確認できます。
そして、「昭和21年10月3日前戸主傅助隠居により家督相続届同日受付」とありますのでこの戸籍の始まりが昭和21年10月3日であることがわかります。戸籍の始まりを探すときには、戸籍の始まりと終わりで紹介したキーワードを探して読み取るようにしてください。※ここで戸主の常三郎の事項欄の最初に記載されている出生や婚姻等は今までの出来事であり、その時代の戸籍から始まっていると勘違いしないように注意してください。ここで明治35年からあると勘違いしてしまう方がとても多いです。
個人の事項欄も動きがないかどうかよく見る必要があります。
大正10年7月20日から昭和21年10月3日まで(12才から37才)(33才婚姻)
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「昭和21年10月3日〇井常三郎の家督相続ありたるにより本戸籍を抹消す」とありますので、戸籍の終わりが先ほどの戸籍の始まりとつながります。
戸主は〇井傅助(祖父〇井〇山の父)で、前戸主は〇井初吉(祖父〇井〇山の父傅助の養父)です。
祖父〇山は昭和17年3月30日(33才)に婚姻していますので、婚姻からの戸籍が必要な場合はこの戸籍以後ということになります。
また、戸籍の記載より大正13年9月15日に許可を得て〇井〇作から〇井〇山に名前を変更したことがわかります。(孫である私も知りませんでした。)
「大正10年7月20日前戸主初吉隠居により家督相続届同日受付」とありますので、大正10年7月20日がこの戸籍の始まりであることがわかります。※くどいようですが、一番最初に書いてある「田村郡・・・・・・・明治35年1月27日〇井初吉長女ツ子と婿養子縁組届出同日入籍というのは今までの出来事の記載であり、戸籍の始まりではありません。
個人の事項欄も動きがないかどうかよく見る必要があります。
大正6年9月10日から大正10年7月20日(8才から12才)
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「大正10年7月20日婿養子〇井傅助の家督相続届ありたるに付き本戸籍を抹消す」とあるので、戸籍の終わりが大正10年7月20日であることがわかり、先ほどの戸籍の始まりとつながっていることが確認できます。
この戸籍の戸主は〇井初吉(祖父〇井〇山の父傅助の養父)で、前戸主は〇井常藏(初吉の父)です。
「司法大臣の命により大正6年9月10日本戸籍を改製す」とありますのでこの戸籍の始まりは、大正6年9月10日であることがわかります。※そろそろ慣れてきたかもしれませんが、戸籍の始まりは明治16年の婚姻でも明治19年の相続でもありません。あくまで一番最後にでてきている戸籍の始まりのキーワードです。やはり戸籍の始まりを探すのは大変ですね。
個人の事項欄も動きがないかどうかよく見る必要があります。
明治42年2月26日(出生)(戸籍謄本自体の始まりは明治19年9月12日)から大正6年9月10日(出生から8才)
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「司法大臣の命により大正6年9月10日本戸籍を抹消す」とありますので、戸籍の終わりは大正6年9月10日で先ほどの戸籍をつながります。
この戸籍の戸主は〇井初吉(祖父〇井〇山の父傅助の養父)で、前戸主は〇井常藏(初吉の父)です。改正によって作成されているので家督相続のときと異なり、先ほどの戸籍と戸主と前戸主の名前が同じ記載です。ちなみに分家で新しく戸籍を作成したときには、前戸主欄は空欄になります。
この戸籍の始まりは「明治19年9月12日相続」とありますので明治19年9月12日ですが、この日付と祖父の出生日付を比べて(明治42年2月26日)出生より古い日付なので、ここでようやく出生からの戸籍謄本が揃ったということが確認できます。


















